| 2008年2月18〜19日の2日間、奥能登の酒蔵10箇所への訪問、またその酒蔵の方々と意見交換する場を与えていただいた。その中で感じたことについて、浅い経験の中からではあるが、以下に述べてみたい。
団結力・力強さ
2007年3月25日に発生した能登半島地震は、輪島市内は県内で最も大きな被害を受けた(死者1、重傷者12、軽傷者80、全壊446、半壊737、一部損壊7,390、非住家被害2,352)。酒蔵も例外ではなく、建物の被害はもとより、酒の流失やタンクの損傷等、酒造りにおける地震の被害は甚大であった。今回おうかがいした中島酒造は蔵が全壊し、自力では酒造りが出来ない状態になったという。
しかし、数馬酒造の数馬嘉雄社長のご好意により、数馬酒造に場所を借りて、仕込み水を持ち込んで、何とか酒造りが出来たとのことである。酒造りのキモである仕込み技術の流出を恐れ、たとえ懇意の仲と言えども普通は手を差し伸べることに二の足を踏むと考えられるが、数馬社長いわく「困ったときはお互い様」とのことであった。また、このような苦難を乗り越えて全酒蔵が酒造りに尽力した結果、金沢国税局新酒鑑評会において輪島市内の3蔵が見事金賞に輝いたとのことである。
初日の夜の、美味しい能登清酒と地元料理を堪能しながらの意見交換会では、現状と今後について深く意見を交し合う酒蔵の方々の姿が見られた。石川県の県民性は「忍耐強い気質」、加えて能登地方は「人柄は誠実で信義に厚い」と言う事である。今回、能登の酒蔵の方々と交流させていただいて、納得した。また、個人的には「懐が深い」という点も付け加えさせていただきたく思う。
事業のポテンシャル
まず酒造りであるが、何人もの名人をこの世に送り出しており、また滋賀や伏見といった出稼ぎ先で酒造りに大きな影響を与えた「能登杜氏」による、地元の素材(五百万石・石川県産山田錦等)をできる限り使用した伝統的な酒造りが現在も行われている。また、消費ニーズの多様化に対応するため、数馬酒造では長期熟成させた山廃純米酒と能登産の梅の実を組み合わせた味わい深い「能登の梅酒」を、また先述の中島酒造では、希少な赤色酵母を使用した、甘酸っぱくてアルコール度数の低い女性向けのにごり酒「花おぼろ」を開発・発売し、ともに上々の売行きということである。食料自給率向上の流れを受けて近年注目されている、米を磨く過程で発生する「米粉」については、既に地元の和菓子屋等に販売をしているとのことであった。私は現在食品メーカーに勤務しているが、メーカーが事業を維持・拡大するためには、消費ニーズに対応した継続的な商品開発が必要不可欠であると日々感じている。事業の規模に関係なく、新しい需要に取り組もうとする各酒蔵の状況をお伺いして、頭が下がる思いであった。
次に販売状況である。基本的に「地産地消」の考えに基づき、能登エリア及び石川県を中心とした販売活動を行っているとのことであった。国税庁が公開している平成17年酒税課税関係等状況表・清酒製造業の概況のデータから石川県内の清酒市場における県産酒のシェアを算出すると、61%である。他の酒どころを見てみると、秋田83%・新潟86%・京都63%・兵庫76%・広島74%であり、数値上の比較だけで見れば、石川県内においてあと10〜20%の販売余地があると言え、よって引き続き県内での重点的な営業活動を行っていくことが有効であると考える。また広告効果・需要拡大を目的として、首都圏を中心とした販売店の開拓も合わせて必要ではないか。これは能登酒造組合とその応援団(酒類業フォーラム等)が共同で推進していくことが有効であり、私も機会があれば微力ながらお手伝いしたいと考えている。
最後に事業継承である。酒造りの労働環境は厳しいことから、いい物を作っていても跡を継ぐものがいないことにより廃業せざるを得ない状況を懸念していたが、櫻田酒造の4代目櫻田博克さん・松波酒造の若女将金七聖子さんにお会いしてその懸念は払拭された。櫻田さんは3歳の息子への事業継承のため、生産量を現在の4倍(1000石)にすることを目標にして日々酒造りに取り組まれており、また金七さんは酒造りはもとより広告塔として様々なメディアを通して松波酒造のPR活動に従事されている。お二人とも酒造りへのモチベーションが非常に高く、このような方々がこれからの能登の酒造りを担っていかれるのであろう、と思った次第である。
最後に
今回のツアーをコーディネートいただいた数馬嘉雄社長、また仕込みの真っ最中で大変お忙しい中において我々を迎え入れていただいた各酒蔵の方々に感謝申し上げたい。今後は応援団の一員として、まずは東京における能登の酒の需要促進(ほとんどが自家消費になると思うが...)に努めたいと思う。またこのようなありがたい機会を再度いただけることがあれば、次回は防寒対策をしっかりして臨みたい。
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