| 金武(きん)町へ
酒類業フォーラムツアーの最終日(3日目)は金武酒造を訪問しました。ここは家族経営の小さい蔵ですが、鍾乳洞での泡盛貯蔵や地元の人々を対象にしたレストラン経営など地域に根ざしたユニークな活動を行っています。
金武酒造は金武町にあります。金武町は沖縄本島中央部東海岸の金武湾に面しており、那覇から車で1時間の距離です。ツアー初日に、那覇空港近くのアウトレットモール「あしびなー」のレストランでタコライスという、タコスの具をご飯にぶっかけた料理を食べました。そのタコライス発祥の地だそうです。
金武町の人口は約1万人、4400世帯で、米軍基地キャンプハンセンがある町、ハワイ、北米、中南米への移民の先駆をなした町として知られています。
金武町は、県下でも水所として有名で、各所に湧水があります。金武町の台地には、琉球石灰岩が広大に分布するため、地下水が豊富です。その湧水は、農業用水として利用され、町特産の田芋の栽培に欠かせないものとなっています。
水処には旨い酒があるといわれ、その地で育まれた泡盛「龍」は金武酒造の誇る銘酒です。
金武酒造直営のカフェレストラン
昼食は金武酒造の工場に隣接する直営のカフェレストラン「長楽」でいただきました。ここでは、町特産の田芋の料理をいただきました。京懐石のようにたくさんの器に少しずつ盛られて出てきます。これはなかなか美味でした。沖縄のこってりした料理からは想像もつかない繊細な味で、おすすめです。「長楽」では、田芋を餡にしたまんじゅう食べることができます。カフェレストラン「長楽」は大人気のレストランです。この店で食事をしたいなら、12時前に入りましょう。
古酒製造を開始
年配の方に泡盛のイメージを尋ねますと、「泡盛はきつくて臭い酒」という方が少なくありません。これは、戦後の混乱期に酒を飲んだ泡盛を飲んだ方たちです。この時代は、泡盛にとっても暗くて不幸な時期でした。アメリカ占領下の原料もなく酒造設備も不完全な状態で造られたもので、このころは「バクダン」と呼ばれていました。
昭和57年ごろになりますと。良質な米の入手が可能になったことや製造技術の向上などで、品質の優れた泡盛ができるようになりました。臭くてきつかった泡盛特有の臭いがまろやかになり売上げが伸びるようになっていきました。
そんなときに、金武酒造専務の豊川あさみ氏が自宅に保存してあった古酒を飲み、直感的に「これは売れる」と思い、すぐさま古酒製造への切り替えを提案したそうです。この当時、古酒は市場性が低く、社長以下全員が反対したそうですが、粘り強く説得を続け、古酒製造を行ったということです。
金武観音堂と鍾乳洞
金武酒造の工場前には金武観音堂があります、金武観音寺は、16世紀に日秀上人(にっしょうしょうにん)によって創建され沖縄戦での焼失をまぬがれました。金武観音堂境内にある270mの鍾乳洞内は、地元の人々の信仰の対象になってきました。戦時中には防空壕(ごう)に使われ、多くの住民の命を救ったそうです。沖縄の観光名所の一つであり、地元では金武のガマ(沖縄の言葉で洞穴の意味)として知られていました。
しかし、昭和42年に全長5kmの長さを誇る玉泉洞(日本第2位、観光洞として890mが公開)が発見されますと、いつの間にか忘れ去られていきました。
鍾乳洞を古酒蔵に活用
金武酒造のユニークな点は泡盛の貯蔵を地下30メートルの鍾乳洞の底で貯蔵していることです。古酒の貯蔵庫のある鍾乳洞は、金武観音堂とともに、金武の町の観光名所として知られています。
鍾乳洞の入り口には、泡盛を運ぶための為の黄色いレールが引いてあります。この日はうだるような暑さでしたが、洞穴につづく階段を降りるとひんやりとした冷気が日焼けした肌にあたり、とても心地よく感じられました。鍾乳洞の内部は、年間平均気温が18度と涼しく、古酒を育てる環境として最適です。急な階段を下りて、しばらくいくと鍾乳洞の中にステンレス製の貯蔵タンクが見えます。さらにその先には、一升瓶の棚が並んでいます。
古酒の貯蔵サービス
金武酒造では43度の1升瓶を5年、または12年の預かり貯蔵をおこなっています。料金は5年で1万円、12年で2万円です。現在、約1万本が眠りについています。
古酒の貯蔵サービスは、結婚記念日やお祝い事としての利用する人も多く、一升瓶に下げられた札には、オーナーの夢や願い、5年後、12年後の家族などへのメッセージが託されたものです。瓶からぶら下がった札には、「あなたへ 生まれてきてくれてありがとう。成人したら一緒に飲もう。父より」といったようにメッセージが添えられていました。
古酒の貯蔵サービスは長楽会という会員システムになっています。“満期”になると、さらに預けるかどうかの連絡が来ます。現地での申し込みが原則で、電話、ファクスの受け付けはしていないのは残念ですが、地域に根付いた蔵のあり方を考えるとこれが正しい選択であると感じました。
鍾乳洞貯蔵は廃線トンネルでのワインの貯蔵がヒント
古酒の貯蔵サービスは昭和63年に始まりました。「泡盛を鍾乳洞で貯蔵するというアイデアは、山梨の国鉄の廃線トンネルがワインの貯蔵庫になったというニュースをテレビで見たことがヒントになりました。ちょうどそのころ、発酵学・醸造学の権威として知られる小泉武夫東京農業大教授が沖縄で講演し『古酒は穴を掘るかトンネルを利用して摂氏18度前後で貯蔵すれば良いものができる』と教わりました。すぐさま教授に鍾乳洞のことを相談したら『ぜひやってごらん』と教授から励まされた」と豊川専務。
しかし、酒は酒税法で厳しく規制されており、勝手に移動や販売はできません。いくら近いといっても、未納税の酒を工場外で保存することは「常識的にできない」。酒類業界や酒税法に詳しい工場長や社長は反対したそうです。
豊川さんの粘り強い交渉の結果、当時の沖縄国税事務所の関税課課長補佐が国税庁と交渉し、鍾乳洞で貯蔵できる免許の交付を受けたそうです。これが日本で最初の蔵置場となりました。「酒類業や免許のことに詳しくないことが幸いした」と豊川さん。
業界の常識とは?
業界では「仕次ぎ」という伝統があります。「仕次ぎ」とは、数個の甕(またはタンク)に泡盛を年代順に貯蔵します。もっとも古い酒(親酒)を汲み出したら、その分だけ古酒を順次補充するという方法です。これまで「古酒」の年数表示は、3年以上貯蔵した泡盛が51%以上入っていれば、貯蔵年数に応じて5年もの、10年ものと表示できました。
しかし、これでは消費者には正確な混和率がわからなくなってしまいます。金武酒造では、豊川あさみ専務の方針で、十数年前から100%古酒か混和酒かを明確に表示してきました。これも「私が業界の常識を知らなかったから、古酒の表示がおかしいと思った」と豊川氏。
古酒の表示については、消費者から「古酒」の年数表示等「水増し」「あいまい」などの声が絶えませんでした。こうした批判を払拭するため、平成16年6月に沖縄県酒造組合連合会が、「古酒」の表示を改善し、全量が表示年数以上貯蔵したものでなければ、年数を表示できなくなりました。
絶品、金武酒造の豆腐よう
金武酒造には隠れた逸品があります。豆腐ようです。地元でしか手に入らない大人気の品で、数ヶ月まちだそうです。今回のツアーでは、試食させていただくことができ、ツアーの一行は大感激いたしました。
豆腐ようは沖縄の代表的な発酵食品で、豆腐に泡盛、米麹、紅麹、砂糖、塩を混ぜて作ります。豆腐ようは琉球王朝時代の18世紀頃に中国(福建省)から伝来した豆腐発酵食品を琉球王府おかかえの料理人たちが改良したものといわれています。東洋のチーズと呼ばれる豆腐ようは筆者の大好物です。特に、泡盛を飲みながら、つまようじでチビリチビリやるのが最高です。
「変えてはいけないこと」と、「変えてもよいこと」をうまく伝承
東洋のチーズ“豆腐よう“の後に「チーズの話」をもう一ついたします。金武酒造に立ち寄る前に沖縄最古の泡盛蔵、新里酒造さんを訪問しました。ここで、偶然、ある張り紙を発見しました。その張り紙の内容がとても示唆に富んでいたので紹介します。
それはスペンサージョンソン氏のビジネス寓話(ぐうわ)「チーズはどこへ消えた?」から抜粋したものでした。「チーズはどこへ消えた?」(扶桑社、スペンサージョンソン著)は単純なストーリーに託して、状況の変化にいかに対応すべきかを説き、各国でベストセラーとなった注目の書なので、ご存じの方も多数いらっしゃるかと思います。
内容は迷路のなかに住む、2匹のネズミと2人の小人の物語です。彼らは迷路をさまよった末、チーズを発見します。「チーズ」とは、ただの食べ物ではなく、人生において私たちが追い求めるもののシンボルです。「迷路」とは会社や地域社会や家庭などのシンボルです。
ところがある日、そのチーズが消えてしまいます!ネズミたちは、本能のままにすぐさま新しいチーズを探しに飛び出していきます。ところが小人たちは、チーズが戻って来るかも知れないと無駄な期待をかけ、現状分析にうつつを抜かすばかりです。しかし、やがて一人が新しいチーズを探しに旅立つ決心をします。
この物語の要点は、「我々はいつもチーズの変化に敏感でなければならず、チーズがなくなったときに新しいチーズを求めてすぐさま行動を起こせる姿勢でなければならない」
ということです。
企業にとって一番重要なことは、「状況の変化にいかに対応すべきか」ということです。いかに老舗であっても、経営環境の変化に無縁ではありえません。ましてや、今日のような経営環境の変化の激しい時代にあっては、よりいっそう環境変化に柔軟に対応していくことが求められます。
「変えてはいけないこと」と、「変えてもよいこと」をうまく伝承していくこと、つまり、伝統を守りながらも革新を取り入れる。そんな姿勢が大切なのではないでしょうか
・変化は起きる
(チーズはつねにもっていかれ消える)
・変化を予期せよ
(チーズが消えることに備えよ)
・変化を探知せよ
(つねにチーズの匂いをかいでいれば古くなったのに気がつく)
・変化にすばやく適応せよ
(古いチーズを早くあきらめれば それだけ早く新しいチーズを楽しむことが出来る)
・変わろう
(チーズと一緒に前進しよう)
・変化をたのしもう
(冒険を十分に味わい 新しいチーズの味をたのしもう)
・進んですばやく変わり再びそれを楽しもう
(チーズは常にもっていかれる)
出所:「チーズはどこへ消えた?」 著者スペンサー・ジョンソン
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酒類業フォーラム理事 松井正明
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